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イスラエルの救いのために私たちがなすべきこと 【ダビデの幕屋の回復⑦】

『賛美』『宣言』『祈り』『慰め』

 

エレミヤ31:7-8

7

まことに主はこう仰せられる。

「ヤコブのために喜び歌え。

国々のかしらのために叫べ。

告げ知らせ、賛美して、言え。

『主よ。あなたの民を救ってください。

イスラエルの残りの者を。』

8

見よ。わたしは彼らを北の国から連れ出し、

地の果てから彼らを集める。

その中には目の見えない者も足のなえた者も、

妊婦も産婦も共にいる。

彼らは大集団をなして、ここに帰る。

 

イザヤ40:1-2

1

「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」と

あなたがたの神は仰せられる。

2

「エルサレムに優しく語りかけよ。

これに呼びかけよ。

その労苦は終わり、その咎は償われた。

そのすべての罪に引き替え、

二倍のものを主の手から受けたと。」

 

 

ここでは3番目の「祈れ」と4番目の「慰めよ」について見てみる。

 

3.祈れ エレミヤ31:7

『主よ。あなたの民を救ってください。

イスラエルの残りの者を。』

 

イスラエルの救いのために私たちがしなければならない一番重要なことは「祈ること」です。これに関してはダニエルの祈りが私たちに啓示を与えてくれています。

 

ダニエル9:1-3

1

メディヤ族のアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤ人の国の王となったその元年、

2

すなわち、その治世の第一年に、私、ダニエルは、預言者エレミヤにあった主のことばによって、エルサレムの荒廃が終わるまでの年数が七十年であることを、文書によって悟った。

3

そこで私は、顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願い求めた。

 

ダニエルはエレミヤの預言書(25:12-14、29:10-14)を読んで「エルサレムの荒廃が終わるまでの年数が七十年であることを、文書によって悟った。」のです。

ダニエルの祈り課題は「イスラエルの救い」でした。そのために、自分のことのように悔い改め「祈りと断食」を持ってとりなしました。これと同じように、神様はイスラエルに与えられた祝福の回復についての約束が今の時代に成就するように「祈りと断食」しなさいと、全世界の民に告げておられます。今、神様はイスラエルの救いのために集中して祈り断食するように語られています。

 

イザヤ62:6-7

6

エルサレムよ。

わたしはあなたの城壁の上に見張り人を置いた。

昼の間も、夜の間も、

彼らは決して黙っていてはならない。

主に覚えられている者たちよ。

黙りこんではならない。

7

主がエルサレムを堅く立て、

この地でエルサレムを栄誉とされるまで、

黙っていてはならない。

 

ここで言う「見張り人」とは、エルサレムの回復のために昼に夜に祈り続けるために、神様が召した祈りの家に仕える者のことです。

 

ルカ18:1-8

1

いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。

2

「ある町に、神を恐れず、人を人とも思わない裁判官がいた。

3

その町に、ひとりのやもめがいたが、彼のところにやって来ては、『私の相手をさばいて、私を守ってください』と言っていた。

4

彼は、しばらくは取り合わないでいたが、後には心ひそかに『私は神を恐れず人を人とも思わないが、

5

どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない』と言った。」

6

主は言われた。「不正な裁判官の言っていることを聞きなさい。

7

まして神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきをつけないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。

8

あなたがたに言いますが、神は、すみやかに彼らのために正しいさばきをしてくださいます。しかし、人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」

 

イエスは不正な裁判官のところへ、ひっきりなしにやってきてうるさくするやもめのたとえの話をしています。そのたとえの意味は「神様が直接選んだ民が昼夜叫ぶのに、そのことを放っておかれるかということです。ここにイザヤとルカで言われていることは「事態があまりにも緊急で重要な時は、私たちは、昼に祈るだけではなく、夜にも祈らなければならない」ということです。私たちの祈りの中心はエルサレムの回復のための祈りです。

 

イザヤがここで用いている「見張り人」とは、ある任務を持っている人のことを言い表しています。イザヤはこの「見張り人」を「「主に叫ぶ者」と言うことばで言い表しています。これは「主に知らせる人」のことであり、現代ヘブライ語では「秘書」にあたることばです。

 

「秘書」の一番重要な働きは「主人のスケジュール管理」です。主人がスケジュールにある約束を忘れないようにすることです。私たちがエルサレムのためにとりなし祈ることは、神様に、その約束を忘れないでなしてくださいとお願いすることです。私たちは、神様のとりなし人(見張り人)として二つの責任があります。一つは「神様の預言のスケジュールをよく知ること」であり、もう一つは「そのスケジュールに約束されたことの成就を神様にとりなすこと」です。その約束とは「神様が終わりの時にイスラエルを回復させ、エルサレムを再び建て上げる」ということです。これは、聖書に、イスラエルに歴史的に一貫して語られていることです。

 

詩篇122:6-7

6

エルサレムの平和のために祈れ。

「おまえを愛する人々が栄えるように。

7

おまえの城壁のうちには、平和があるように。

おまえの宮殿のうちには、繁栄があるように。」

 

聖書はなぜ、全世界の民に「エルサレムの平和のために祈れ」と言われているのでしょう?

それは、エルサレムを中心に神様の御国を建てることが神様の最終的な計画であるからです。

 

イザヤ2:1-4

1

アモツの子イザヤが、ユダとエルサレムについて示された先見のことば。

2

終わりの日に、

主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、

丘々よりもそびえ立ち、

すべての国々がそこに流れて来る。

3

多くの民が来て言う。

「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。

主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。

私たちはその小道を歩もう。」

それは、シオンからみおしえが出、

エルサレムから主のことばが出るからだ。

4

主は国々の間をさばき、

多くの国々の民に、判決を下す。

彼らはその剣を鋤に、

その槍をかまに打ち直し、

国は国に向かって剣を上げず、

二度と戦いのことを習わない。

 

ゼカリヤ14:8-9

8

その日には、エルサレムから湧き水が流れ出て、その半分は東の海に、他の半分は西の海に流れ、夏にも冬にも、それは流れる。

9

主は地のすべての王となられる。その日には、主はただひとり、御名もただ一つとなる。

 

神様の御国を建てることの共通のことは、エルサレムすなわち「シオンの山」が中心であるということです。シオン(エルサレム)の平和が全ての民の平和と分けられない関係があるということです。シオン(エルサレム)に平和がなければ、この地のどこにも平和はあり得ません。私たちはエルサレムの平和を祈りながら、日本の民の(又は全ての民の)平和を祈らされているのです。エルサレムの平和のために祈る人は繁栄します。平安と安息がもたらされるのです。

 

4.慰めよ

私たちのすべきことは「ユダヤ人を慰める」ことです。

 

イザヤ40:1-2

1

「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」と

あなたがたの神は仰せられる。

2

「エルサレムに優しく語りかけよ。

これに呼びかけよ。

その労苦は終わり、その咎は償われた。

そのすべての罪に引き替え、

二倍のものを主の手から受けたと。」

 

初めの部分の「慰めよ」と「仰せられる」という動詞は複数形です。すなわち、このことばは一人の個人に求められたことではなく、一つの集団に求められたことなのです。一つの集団は「わたしの民」イスラエルのことです。もう一つの集団は「わたしの民を慰める人」異邦人のことです。

 

私たちは、イスラエルの救いのために、この「慰めよ」という祈りを持って、昼に夜に24時間「見張り人」となってとりなし祈る使命があります。それが「祈りの家」です。

 

イスラエルを慰め、救いに導くのは誰か?

 

イザヤ59:19-20

19

そうして、西のほうでは、主の御名が、

日の上るほうでは、主の栄光が恐れられる。

主は激しい流れのように来られ、

その中で主の息が吹きまくっている。

20

「しかし、シオンには贖い主として来る。

ヤコブの中の

そむきの罪を悔い改める者のところに来る。」

——主の御告げ——

 

今年、聖霊の風が激しく日の上るほう、日本で吹きまくる!

これが、イエスを再びお迎えする時に起きる現象です。

 

日本全国に祈りの炎ののろしが上がり、全国の教会が祈りの家として立ち上がり、壊れたダビデの幕屋を回復する時が来たのです!

 

神様の預言のことばに従順に従い、祈りの家、ダビデの幕屋を回復し、イスラエルの民のためにとりなし祈る教会に聖徒たちに主は力強いみことばを与えられています。

 

イザヤ40:9

シオンに良い知らせを伝える者よ。

高い山に登れ。

エルサレムに良い知らせを伝える者よ。

力の限り声をあげよ。

声をあげよ。恐れるな。

ユダの町々に言え。

「見よ。あなたがたの神を。」